「千と千尋の神隠し」字幕レビュー ≪言語は生きている≫

舞台「千と千尋の神隠し」が国内外で大人気を博したことは、皆さんも記憶に新しいと思います。

この舞台版「千と千尋」を全て収録したDVDが米国で発売されるにあたり、スペイン語字幕をレビューする機会に恵まれました。

ご存じの通り、米国はヒスパニック(ラテンアメリカ諸国からの移民)の人口が多いため、DVDには英語に加えてスペイン語の字幕も必須だというんですね。

現地アメリカのエージェンシーを通じて作成されたスペイン語字幕を一度確認してほしいということで「ヒスパニックのスペイン語である点を尊重してレビューしてください」という条件を呑んでお引き受けしたのですが、思いのほかにやりがいのある仕事でした。

スペイン人とラテンアメリカ人はお互い自国の言葉で会話をしても、完璧に意思疎通できます。

でも、両者の話すスペイン語の違いは意外と大きく、最もよく知られた違いは、スペインでは複数の人を相手に話すときに「君たち=vosotros」(文法的には2人称複数形)を使うのに対し、ラテンアメリカではこれをあまり使わず、代わりに丁寧語の「あなた方=ustedes」(文法的には3人称複数形)を「君たち」の意で使うことが多いという点です。

スペインでは妙に距離感があるとして「あなた方」を使った話し方はあまり好まれない(実際、ほとんど使われない)ので、スペインのスペイン語に慣れている身には、ラテンアメリカのスペイン語は往々にしてよそよそしく感じるし、荒々しい口調の命令形も、脳内で勝手に「~してくださいませ!」にすり替えが起きて、なんだか迫力に欠けるなあと思ってしまう。

その違いを十分に理解したうえで作業を始めたものの、ひとえに米国のヒスパニックといっても、メキシコ系・プエルトリコ系・キューバ系 など、様々なルーツを持つ人々が混在しているわけで、各国で微妙に語彙に違いがあることを考えると、はて?何を「標準」としたらよいのだろう?というところで、指摘を入れるべきか否かの判断が難しい部分も多々ありました。

息子(ハーフスペイン人)の助けも借りて慎重にチェックを重ねるなか、二人して「いっそのことスペインのスペイン語に統一しちゃいたいよー」と、頭を抱える局面があったほど。

字幕付けを請負った米国のエージェンシーとの意見の交換がかなりの回数に上りました。

こちら側がどうしても譲れない点と、向こう側がどうしても譲れない点を辛抱強くすり合わせながら、最終的には合意に至り、その他、訳語の揺れを修正して一件落着の運びとなったわけですが、言語は生き物であり、時代と共に、そしてそれを話す人々が住む地域に紐づいた形で変化していくものだということを実感した貴重な経験でした。

いつかスペインでも「千と千尋」が舞台で観られたらいいな。

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